お変わりなくお過ごしでしょうか?

 J.WJの会の皆様、お変わりなくお過ごしでしょうか? ようやく緊急事態宣言が解除になりましたが、いまだ屋内にこもって静かに暮らしています。単純な生活が続くと、時が過ぎるのが非常に速く感じますね。このままさっと、20年が過ぎ去ってしまったらどうしましょう。ボケている暇もないくらいです。

 こんな状況ですから、大学の授業もすべてオンラインになってしまいました。オンライン授業といっても何種類かあるようです。ご存じない方のためにご披露します。

①Zoomなどオンライン会議用の専用ソフトを使った同時配信型授業(ライブ)。

②YouTubeなどに画像・音声をとり込んで提供するオンデマンド型授業(非ライブ)。

③大学のシステムに資料を掲載して課題を出すアナログ/デジタル型授業(非ライブ)。

 この三つから選んで授業をせよ、というお達しでした。大学教員として素人同然の私が、①Zoom配信なんてできるはずがないですよね。話す内容に自信がないうえに、ソフト操作まで加わったぶっつけ本番なんて、たまったものではありません。ビジュアルにも自信がないし(謙遜)。だから、②もダメ。採用したのは、もちろん③でした。

 授業開始から2カ月、③採用のトンデモ先生のうわさも聞こえてきます。学生に読解テクストや箇条書きのペーパーを配って課題を出したきり、とかです。「なんのサポートもしない、ヒドイ! 授業料返せ!」という声を耳にしました。

 私の場合は、内容をすべて話し言葉(ため口もありです)に直したペーパーを読ませることにしました。紙上ライブ・実況中継です。ボリュームもすごい! なんとA4判で15枚。話せばちょうど100分、読むと半分の時間で済みます。内容はけっこうハードで、しゃべったらあんまり理解できないんじゃないかな、と思います。でも、読めばある程度は分かります。

 原稿づくりにめちゃくちゃ時間がかかるのが難点。いまは後悔に沈んでいるところ。でも、昔の先生方はみんなこうした講義ノートをつくっていたんですよね。渡邊二郎先生の克明なノートを見せていただいたこともあります。そして、昔の学生は、大先生の講義を一言漏らさず筆記したといいます。頭を回転させていたら書きとれないので、自動筆記機械のような授業風景だったに違いありません。それは、あの全共闘運動(1968年前後)のなかで批判の対象になりました。

 ソシュールの『一般言語学講義』(小林英夫訳)や『丸山眞男講義録』(全7冊)などは、そうした子弟の共同の成果でした。師の没後に直弟子が講義ノートを文字に起こし、それを聴講学生の筆記ノートを突合してテクストをつくり上げるのです。弟子たちの努力がなかったら、ソシュールは1冊も本を残さずにこの世を去っていたでしょう。1960年代以降ほとんど論文も評論も書かず、政治思想史の講義に没頭した丸山の仕事は、私たちの目にふれることはなかったでしょう。

 私の講義に話を戻せば、デジタル化したテクストは知らぬ間に拡散していくことを運命づけられています。来年、同じ講義をやったら、バレバレになっていたりして。ほんとうに、コワイ時代ですね。

 テレビがほとんどの家庭に普及した時代(1964年の東京オリンピックのときに90%近くになりました)、いちばん恩恵をこうむり、いちばん被害を受けたのは落語家をはじめとする芸人たちだったといいます。寄席などのオーラルな場での芸が電波に乗ることで、彼らは人気者になっていきました。林家三平とかを思い出してもらえばいいですね。でも、十八番ネタがすぐ賞味期限切れになる、というとんでもないことが起こってしまったのです。一生食えたはずなのに、半年しか持たないなんてことも。

 メディアがテレビからWeb空間に変わったいま、私も十八番をすべて吐き出してしまいそうです。こうなったら、老後の20年がさっと過ぎ去るのを待つしかないかな。では、皆様、コロナに負けずにお元気で。

 デジタル時代の「売れない落語家」の末裔、熊沢敏之より。



立教大学池袋キャンパス(立教大学インスタグラムより引用)

JW. Jの会

故渡邊二郎先生を慕う哲学の会。渡邊先生は東京大学文学部、同大学院で学び、成城大学助教授を経て、東京大学文学部助教授時代にハイデガーの思想研究のためドイツ・フライブルク大学に留学。東京大学名誉教授、放送大学名誉教授。

1コメント

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  • ueda keiko

    2020.05.31 12:38

    熊沢先生の御便り、楽しく拝読いたしました。立教大学でのオンライン授業のご様子がよくわかり、とても参考になりました。熊沢先生のご講義ですから、きっと、学生さんたちに喜ばれる、とても充実したものに違いないと思っています。いつの日か、『熊沢敏之先生講義録』として書物になるかもしれない原稿づくり、どうか、頑張ってください!そしてぜひ、またJWJの会でも、ご講義のための原稿をもとにした、ご講演を拝聴させてください。熊沢先生の立教大学でのますますのご活躍を、心からお祈りしております。